大きな問題となる双極性障害は專門の医療機関で治療しよう

鬱病との違い

考え事

病気がわかり治療スタートまで。

この双極性障害は、鬱病と間違えられやすい病気です。躁鬱の症状を交互に繰り返す事がこの病気の特徴ですが、躁状態ですと、本人に自覚症状がない場合があります。気持ちが昂ぶり、高揚している状態となるため、自分を省みて冷静に自分自身を見つめることができないのです。双極性障害の治療を行う場合、鬱病に対しての治療方法はあまり効果がありません。双極性障害では、躁状態と鬱状態への薬を処方しなければならないため、鬱状態に対する治療を起こったとしても、満足な治療が行えないのです。間違えられやすい理由の一つとして、双極性障害のタイプとして躁状態が余り顕著でないタイプが存在することが挙げられます。双極?型と呼ばれるこのタイプは、?型の症状と比べて穏やかなのが特徴です。そのため、周囲の人から見た場合、余り躁状態が目立たないため、本人はもとより周囲の人からも判断されにくいものなのです。躁鬱病も立派な精神疾患なので、こうした症状を放置していると、社会的に大きな悪影響をもたらされます。症状も穏やかであり、外から見た限りでは問題がなさそうな?型であっても、感情コントロールが出来ずに深刻な鬱状態となるため、治療は不可欠なのです。

双極性障害と診断されるまで。

双極性障害は、きちんとした診断を受けることにより、適した治療を受けることができます。個人の判断では鬱病と勘違いされがちな双極性障害も、專門の病院やクリニックに受診することで、鬱病か双極性障害かが分かります。綿密な問診を行うことによって、高い精度で病気を発見できるため、問題となる症状を治すことができるのです。

私は日本を離れ、海外で仕事をしていた。仕事は順調で恋もして、友達も多く、何不自由ない生活をしていた、と思っていた。 それが、日本を離れた年数が長くなるにつれ、仲のよかった友人は帰国し、新たな友人を作るのも億劫になり、自分もいつか日本へ帰国することを考えるようになり、なんとなく自分の人生に不安をもつようになっていってしまった。夜よく目が覚め、ぐっすり眠れないことが多くなり、疲れがとれず、いつもだるい日々。医者にかかるほどではないと思って過ごすこと、しばらく。ある日、とある楽しみにしていた約束がキャンセルされたことで、私の中の何かが壊れてしまったようだ。 真っ暗な部屋のリビングの床に倒れて動けず、ただ涙を流していた。ここから飛び降りたら(14階だった)楽になるかな、台所の包丁でいっそのこと、なんて考えが浮かぶ。何時間たったか、同居人が帰宅して、私の姿を見て助けてくれた。私は、冷静になり、病院に行くことにした。 初めてかかった医者に、これまでの状況を伝えると、医者は「うつ病ですね」と私に告げて、薬をだしてくれたのだった。 その薬を飲み始めたあの日から早7年の時が経とうとしている。

海外での治療ということで、診察には通訳をつけていたが、治療には言葉の壁、症状の細かい表現など、伝えきれないことが多々あったように思う。それが、私が双極性障害と診断されるのに時間がかかった原因と今では思える。 双極性障害の人は、うつ期に医者にかかる。私もそうだった。元気な時は大丈夫だと思ってしまうのだ。 私は双極性障害の2型だったから、軽躁はいつもより元気があるな、と見過ごされてしまったのだ。 治療で処方された薬を飲んでも、何度となく訪れるうつ状態。眠れず、食欲もおち、やる気がでない。一番ひどいときは、文字を読むことも、メールも、新聞も何も読めなかった。集中力がなくなってしまうのだ。そんな状態が突如改善される、軽躁状態。夜は毎日飲み歩き、週末は何駅もあるき、ショッピングにでかけ、体が軽く、調子がいい。これが本来の自分だと思っていた。 しかし、2年たっても安定しない体調に、毎日飲む薬に、いい加減嫌気がさした私は、日本での治療を選ぶことにした。初めて、通訳なしで医者にかかり、これまでの経緯を説明すると、医者は思わぬ病名を口にした。それが双極性障害だった。診断の難しい病。それが双極性障害なのだ。